南宮大社

 日本神社100選(ホーム)>南宮大社
創建年崇神天皇の時代(在位:紀元前97年〜紀元前30年)
祭  神主祭神:金山彦命。配神:彦火火出見命・見野命。
格  式式内社(名神大)・美濃国一宮・旧国幣大社・別表神社
文化財 本殿(寛永19年、入母屋、桧皮葺、桁行3間、梁間4間、向拝付、国指定重要文化財)
幣殿(寛永19年、唐破風造、桧皮葺、妻入、桁行1間、梁間1間、国指定重要文化財)
拝殿(寛永19年、入母屋、妻入、桧皮葺、正面軒唐破風付、桁行3間、梁間3間、国指定重要文化財)
回廊(右:寛永19年、唐破風造、銅板葺、桁行11間、梁間1間、国指定重要文化財)
回廊(左:寛永19年、唐破風造、銅板葺、桁行11間、梁間1間、国指定重要文化財)
勅使殿(寛永19年、入母屋、銅板葺、妻入、桁行7間、梁間5間、国指定重要文化財)
高舞殿(寛永19年、宝形造、桧皮葺、桁行3間、梁間3間、国指定重要文化財)
楼門(寛永19年、入母屋、桧皮葺、三間一戸、八脚楼門、国指定重要文化財)
神輿舎(寛永19年、入母屋、本瓦葺、桁行正面7間、背面9間、梁間3間、国指定重要文化財)
神官廊(寛永19年、入母屋、本瓦葺、桁行9間、梁間3間、国指定重要文化財)
摂社樹下神社本殿(寛永19年、入母屋、桧皮葺、桁行3間、梁間2間、向拝付、国指定重要文化財)
摂社高山神社本殿(寛永19年、入母屋、桧皮葺、桁行3間、梁間2間、向拝付、国指定重要文化財)
摂社隼人神社本殿(寛永19年、一間社流造、桧皮葺、木部朱塗、国指定重要文化財)
摂社南大神神社本殿(寛永19年、一間社流造、桧皮葺、木部朱塗、国指定重要文化財)
摂社七王子神社本殿(寛永19年、七間社流見世棚造、銅板葺、国指定重要文化財)
輪橋(石造反橋、橋脚2基、擬宝珠高欄付、国指定重要文化財)
下向橋(寛永19年、石造桁橋、橋脚二基、高欄付、国指定重要文化財)
石鳥居(寛永19年、石造明神鳥居、花崗岩製、高さ7.1m、幅4.5m、国指定重要文化財)
太刀(銘:三條、10世紀頃、長さ78.3cm、反り3.3cm、国指定重要文化財)
太刀(銘:康光、応永5年美濃守護の土岐頼益が奉納、国指定重要文化財)
鉾(無銘、大和千手院派の流れを汲む刀工作、2本、国指定重要文化財)
南宮の神事芸能(毎年5月4・5日の祭礼時に奉納、国指定重要無形民俗文化財)
太刀(銘:元真、鎌倉時代末期、長さ74.5cm、岐阜県指定重要文化財)
太刀(銘:吉則、室町時代初期、長さ72.7cm、岐阜県指定重要文化財)
太刀(銘:兼元、室町時代後期、長さ73.1cm、岐阜県指定重要文化財)
剣(無銘伝天国、文亀3年、長さ63.6cm、藤原利隆重令奉納、岐阜県指定重要文化財)
刀(銘:濃州赤坂住正國、室町時代、長さ74.8cm、岐阜県指定重要文化財)
刀(銘:濃州住正國、長禄3年、長さ69.3cm、岐阜県指定重要文化財)
刀(銘:美濃国大野郡清水住岩捲市郎左衛門信貞、寛永9年、岐阜県指定重要文化財)
紅糸中白威胴丸(室町後期、総高51.5cm、胴廻り101.0cm、岐阜県指定重要文化財)

神  事例祭:5月5日。
場  所岐阜県不破郡垂井町宮代峯
備  考南宮大社が何時頃から信仰されるようになったのかは判りませんが、伝承によると祭神である金山彦命は神武天皇東征の際、金鶏を助けた事で難敵だった長髄彦を倒す事が出来た事から、東征が完遂し即位すると美濃国不破郡府中に奉じられたと伝えられています。当初は不破郡府中に境内を構え仲山金山彦神社と呼ばれていましたが、 後に人皇10崇神天皇の御代に、美濃仲山麓にあたる現在地に遷座し、国府から南方に位置する事から南宮大社と称されるようになりました。格式が高く「続日本後紀」によると承和3年(836)11月4日に従五位下、承和13年(846)5月8日に正五位下、「日本三代実録」によると貞観元年(859)1月27日に正三位、貞観6年(864)5月21日に従二位、貞観15年(873)4月5日に正二位に列格し、平安時代に成立した延喜式神名帳には名神大社として記載され、美濃国で最高位だった事から美濃国一宮として国事の祭祀を司ったと思われます。平安時代後期の天慶の乱の際には平将門の追討、奥州動乱の際には安部貞任の追討の戦勝祈願が行われ、何れも勝利に導いた事から、神意に感謝し康平5年(1062)に正一位に列格しました。その後も、歴代領主や為政者から崇敬庇護され社運も隆盛しましたが、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いでは戦場となりその兵火により多くの社殿、堂宇が焼失して境内が荒廃します。江戸時代に入ると徳川将軍家の庇護により再興し、特に3代将軍徳川家光が篤く崇敬し社殿の多くを再建し境内を一新しています。古くから神仏集合し神宮寺が祭祀を司ってきましたが、明治時代に入ると神仏分離令により神宮寺とは分離、当社を「南宮神社(太平洋戦争後に「南宮大社」に改称)」、神宮寺を「真禅院」として別々に信仰されるようになり、大正14年(1925)には国幣大社に列しました。
東海地方の日本神社100選
三嶋大社砥鹿神社熱田神宮真清田神社津島神社南宮神社水無神社伊勢神宮内宮伊勢神宮外宮|椿大神社|
敢国神社富士山本宮浅間神社
スポンサーサイト
※ このサイトは秋田書店より発売された臼田甚五郎監修「日本神社百選」で選定された神社を取り上げています。ただし、写真は独自に撮影し、内容自体は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考に編纂しています。相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、写真や文章のコピーは遠慮してください。御理解の程よろしくお願いします。